2004年12月11日

死者が更新するサイト

そこは、なんの変哲もない日記サイトだった。
ただ、インフルエンザらしき高熱で苦しいと書いてあった。
一人暮らしで苦しんだ経験があるので、ぼくも辛さはよく分かる。
だけどもちろん何もしてやれない。

数日後にふと思い出してそこを訪れてみた。
どうやら死んだみたいだ
なんて書いてある。

葬式も火葬も済んで、親が泣いてるのをぼんやりみてたとか。
部屋は今まで通り残されているとか。

そういうサイトだったのか?
と思って過去ログを読んでみたが、それまでは普通の日常を並べてるだけだった。
今時珍しいくらい家族で仲がいい、幸せそうな若者だった。
この日から突然こんな事を言いだしている。

本人も困惑しているらしい。
自分の置かれている状況がよく分からずに。

どうやってサイトを更新しているのか、などの詳細は書かれていなかった。
だから、これも当然冗談なんだろう。と思っていた。
もともと確かめる術はない。
誰が管理人なのか、知らないのだから。

サイトの更新は続いていた。
彼の存在には周りの人間は気づいていない。
だから、普段は見えなかった本音が聞けたと。
いつもは仲の悪かった妹が、自分の死で泣いてふさぎ込んでることに心を痛めていた。

妹だけではなかった。
両親とも、彼の死後に元気を取り戻すこともなく、会話も無く家中が暗く落ち込んでいるらしい。
妹は学校をさぼるようになり、親もとがめない。
両親は沈痛な顔で会話も少なく過ごしていると。

見ていて楽しい内容ではないが、この後どうなるのか気になって、サイトをちょくちょく覗く日が続いた。
そして2週間ほどたったある夜。
突然切迫した内容が書かれていた。

両親と妹が自殺しようとしている。
ガムテープや練炭を購入して。
自宅のガレージでやろうとしてるから、誰か止めて欲しいと。
そして、自宅の住所と電話番号が書いてあった。

その内容が書かれた時刻は、ほんの10分前だった。
本当なのかこれは。
とても迷ったが、試しに自宅の電話番号にかけてみた。
が、つながらない。
話し中のツーツー音が聞こえていた。

さらにずいぶん迷ったが、110番にかけることにした。
もしもこれがいたずらでも、こちらが怒られることはないだろう。

110番はすぐに出た。
ネットで見た内容を伝えた。
ガレージで自殺しようとしている家族がいると。
それだけで、電話の相手は了解してくれた。
「●●県××市の件ですね?」
同様の電話が多数寄せられているらしかった。

サイトを開いてみると、警察が来て家族をすぐ発見して保護してくれたと書いてあった。
信じて動いてくれた人たち、ありがとう。
そう書いてあった。
その後、サイトが更新されることはなかった。

2ヶ月くらい経った頃、ある出版社から電話が来た。
あのとき110番した人ですよね?と。
当時サイトにアクセスして110番した人に話を聞いて回っているらしい。
そういう情報が伝わってしまうものなんだなと妙に感心した。

電話でいろいろ質問に答えた後、こちらから逆に聞いてみた。
「その後、あの家族はどうなりましたか?」

彼の死後も更新されていたあのサイトを、事件後に家族は初めて見たらしい。
いろいろ思うことがあったんだろう。
今ではしっかり立ち直って生活を送っているとのことだった。
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2004年12月01日

遅れてきたメール

学生時代につるんでた仲間の一人が、就職後に連絡が取れなくなった。
音信不通になったのは自分だけでなく、他の友人もみな彼と連絡が途絶えていた。

携帯にメールしても返信はない。
電話をかけても出ない。
折り返しもかかってこない。
みなそんな感じだったらしい。

いろいろ忙しいんだろう。
そう思ってあきらめて、数カ月経った頃。
携帯に彼からメールが届いた。

引っ越して荷物がまだ片づいてないと言うような話。
何か変だ。と思ってよくよく見たら、メールの日付が4月だった。
就職したばかりの頃の日付。
配信が遅れたんだろうか。
それにしても、こんなに遅れたのなんて初めてだ。

それから続けざまに、彼からメールが来た。
みんな古い日付で、内容もちぐはぐだった。
「返信ないけど、忙しいのか?」と言うような内容もあった。
こちらが出したメールへの返信のような内容のこともあったが、出した内容を覚えてないのでやはりちぐはぐだった。

どんどんメールの日付は新しく、近づいてきた。
そして、メールの内容はどんどん怪しくなってきた。
就職先で人間関係がうまく行かず、学生の頃の友人とも連絡が取れない。
こうしてメールしても、誰も返事がない。
なんだか孤独だ、と。

完全に返信を期待していないような彼のメールは、すっかり独り言口調で書かれていた。
詳しいことは分からないが、ちょっと鬱な思考パターンに陥っていくように見えた。

彼のメールは異常さを増し、見知らぬ子供を殴ったとか猫を殺したとか、犯罪まで始めた様子が書かれていた。
これは冗談だろう?と思ったが、その後の気分や新聞の記事についてとか克明に書いてあった。

そしてついに、人を殺してみたいという内容にまで進んできた。
それが、つい3週間前の日付だった。
会社の人間を相手にすると、自分が警察に疑われやすい。
それなら、同じくらい自分を傷つけた、友人達から選ぼう。
住んでるところも離れたし、更新が途絶えてるし、疑われないだろう。

その後、一人ずつ名前を挙げて、実行できる可能性を吟味したメールが続いた。
自分の名前もあった。
「・・・殺害成功度80%
彼の結論はそんな風になっていた。
そして、来週末に決行すると書いてあった。
それが2週間前の日付だった。

彼のメールはまだ続いていた。
計画が失敗に終わったこと。
もう運にも見放されて絶望だと。

一週間前に、彼は自分を殺しに来たのだろうか。
ちょうど自分は地方へ出張で出かけていた。
不在のところに彼が訪ねてきたのだろうか。
いつも通り家にいたらどうなっていたのだろうか。

メールは、彼が自殺するという内容で終わっていた。
それが実行されたかどうかは分からない。
実行されていなかったとしたら、彼にまた殺害を計画される日が来るのかも知れない。
posted by 黒鳥 at 03:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 021〜030 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月22日

食われかけた体験

ある夏の夜。
お酒を飲んで寝て朝起きたら、足に切り傷が出来ていた。
小さな傷でもう血が固まっていたが、少し布団を汚していた。
記憶を無くすまで飲んだ覚えはないが、それでも何かにぶつけてたんだろうか。

しかし、2日後くらいにまた新しい傷が出来ていた。
前の晩は飲んでない。
傷口はやはり小さいが、切ったと言うよりも皮膚がはがれた感じだった。
ベッドの周りを確認したが、怪我をするような突起物は出てない。
そして、また傷が出来た。

今度は、前の傷が更に大きくなっていた。
直径1cmほどに肉が削れていて、さすがに痛かった。
痛みは我慢できるが、そのたびにシーツが汚れるので困った。
やはり原因は分からなかった。

その日の夜、足に痛みを感じて目が覚めた。
慌てて飛び起きた。
ベッドに何かいる。
灯りをつけると、以前の傷口からまた血が出ていた。
布団をはがして見ると、そこにいたのはザリガニだった。

一月前に郊外に転勤したばかりで、近所に田んぼや川がある生活が新鮮だった。
川には魚もいたし、ザリガニも素手で取れた。
それで何匹か捕まえて水槽に入れてあった。
適当にご飯粒なんかを与えて脱皮のあとも見てたが、すぐに興味も失せてほとんど放置していた。
水槽から出てくるくらいに育ってるとは思わななかった。
ザリガニを捕まえて元の水槽に戻そうとして中を見たら、何匹かいたはずなのに空だった。

餌を与えていなかったから、共食いしてしまったのだろうか。
それとも、外に逃げ出したのが他にもいるのだろうか。
夜中に家中探し回ったが、他には見つからなかった。
あきらめて寝ようとしたとき、さっきのザリガニがまたいなくなっていた。

足ならまだよかったが、目をつつかれたりしたらたまらない。
もう一度探したが、どうしても見つからない。
あきらめて寝ようと思っても、布団をかぶって寝ても安心できない。
仕方なくトイレで扉をしっかり閉めて布団にくるまって寝た。

何日か過ぎ、一度もザリガニを見かけることもなかったのでトイレで寝るのはやめた。
あれ以来ザリガニを家の中で見たことはないし、外から新たに採ってくることもしなかった。
だけど、橋の上からザリガニを見るといまだに恐ろしさを感じる。

posted by 黒鳥 at 19:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 021〜030 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月15日

俺、これから自殺してくるわ

「俺、これから自殺してくるわ」
A君がそう言い残して教室を出ていった。
誰も本気には思わなかった。
B君は「してこいしてこい」と冷やかしていた。
土曜の放課後のことだった。

その日の夜、A君が林の中で首を吊ったと連絡網で電話が来た。
次の月曜には、みんな青い顔して登校した。
あのとき誰もA君のことを本気に思わなかった。
特にB君はとてもショックを受けていた。

A君はいじめなんかとは無縁だった。
先生が言うには家庭の事情とかがあったらしい。

それから、いつも冗談を言ってみなを笑わせてたB君はふさぎがちになってしまった。
特に、B君の前ではA君の話題は禁物だった。
A君のことを思い出すと、いつの間にか目を真っ赤にして泣いてたりする。

A君の事件から2週間ほどたった頃、B君が帰り際にそれを言ったことがある。
「俺、これから自殺してくるわ」
冗談でもそんなこと言えない雰囲気のクラスで、しかもB君が言うのだからみな慌てた。

B君を引き留め、みんなで怒った。
B君はひどく錯乱していて、泣きながら暴れた。
そして、担任も駆けつけ保護者も呼ばれ、次の週からB君は学校に来なくなった。
児童相談所に通っているという噂が聞こえてきた。
A君の呪い。
他のクラスではおもしろ半分でそう呼ばれているようだった。

その後、ついにB君が自殺したという記事が新聞に載った。
A君が首を吊った林の中だった。

それから数年、なんの変哲もない住宅地そばのその林は、自殺の名所となった。
A君。
A君を冷やかしたB君。
B君を笑った人。
さらに別の人。
自殺者は主に僕らの同期の代から、上や下や様々に広がっていった。

次第に自殺騒動は下火になったが、今でも一連の事件はA君の呪いと呼ばれてる。
だけど、おもしろ半分で呼ぶ人は多分もういない。
posted by 黒鳥 at 03:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 021〜030 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年11月09日

混ざり合う記憶

僕が1歳の時、両親は離婚しました。
それから母が一人で僕を育ててくれていました。
両親がそろってるときの記憶なんて無いので、それが当たり前だと思っていました。
他の家庭と少し違うと分かったのは、小学校に入ってからでした。

四年生のときのことです。
ある日、母に連れられて電車で出かけました。
平日だったけど、学校は休みました。
どこに何をしに行くのか、母は教えてくれませんでした。
当時は子供だったので、言われたとおりに付いていくだけでした。

一時間ほど電車に乗り、ある駅で降りました。
こんなに遠くまで来たのは初めてです。
でも、何か妙でした。

間違いなく、その街は初めて訪れた場所でした。
だけど街の様子が何となく分かるんです。
小さな駅前の商店街に並ぶ店や、貼ってあるポスター。
オモチャ屋さんにクレープ屋さん。
小さな川や橋から見える魚。
道ばたのお地蔵さん。
どれも、初めて見る気がしませんでした。

ある家の前を通りかかったとき、生け垣越しに庭が見えました。
そこには一匹の犬がいました。
犬はこちらに気づき、じっと見てます。
タロ?
自然に犬の名前が頭に浮かび、口に出していました。
母が急に立ち止まりました。

「あの犬、知ってるの?」
なんとなく・・・でも知ってるわけないよね・・

母が連れて行ったのは、その犬の家でした。
そこで初めて聞かされました。
僕に双子の兄がいたこと。
昨夜急に亡くなったこと。
両親が離婚して、母と僕がここに来たのは初めてであること。

それから、3日間そこの家に泊まり、お通夜やお葬式を済ませました。
兄の遺影は、確かに僕に似ていると思いました。
兄の友達はみんな、僕を見てびっくりしてました。
僕も内心びっくりしていました。
みんなの名前が分かるのです。

その街にいる間は、自分が自分でないような不思議な感覚で過ごしました。
地元に帰ってからは今まで通りでしたが、たまにおかしなことがあります。
初めて読んだマンガの内容が先に分かったり。
車の名前が分かるようにもなりました。
兄は車が好きだったそうです。
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2004年10月28日

津波警報の中で

2年前、彼女と夜のドライブに出かけたときのこと。
もうすぐ海が見える、というところで警官に車を止められた。
津波警報が出てるから、今すぐ離れなさい。という。

運転中で分からなかったが、近くでそこそこ大きな地震があったようだ。
ああはいはい、と車を引き返すふりをして、そのまま海へ向かった。
後ろで警官が何か叫んで走ってきてるが、あっという間に振り切った。

海岸そばまで来たとき、今度は住民の人に止められた。
血相を変えて、今すぐ避難しろと言う。
何人もの人が逃げだそうとしていた。
遠くで地響きのような音が聞こえたような気がした。

今度は自分も慌てて逃げ出した。
さっき警官がいた場所を通ったが、誰もいなかった。

その後、その海岸が津波にさらわれたとニュースで聞いた。
付近を警戒中だった警官が犠牲になったとも。
もしかして、自分を注意したあの警官かも。と思ったが、確認出来なかったし怖かったので考えるのをやめた。

それから2年たって、久しぶりにそこの海へ出かける機会があった。
昼から彼女としばらく過ごし、夜に帰宅しようとしたとき。
警官に呼び止められた。
またか。と思いながら窓を開けると、いきなり怒鳴られた。

行くなって言っただろ!

慌てて車を出して、今度は街へ戻って走らせた。
バックミラーを見たが、道路には誰もいなかった。

僕は顔を覚えてなかったが、あのときの警官だと彼女は言う。
2年前からずっと、僕らを探してくれてたんだろうか。
posted by 黒鳥 at 02:30| Comment(2) | TrackBack(0) | 021〜030 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月22日

終わらないパーティ

秋の異動で職場が変わった。
新しい職場の廊下から見える向かいのビルでは、しょっちゅう宴会が行われている。
社員食堂を使った内輪の立食飲み会なんだろう。
自分の会社でもときどき行われている。

ある日、おかしな事に気が付いた。
あまりにも回数が多い。
毎日そのビルを覗いているわけではないが、たまたま見掛けたときで宴会をやってないときがない。
宴会をやってるから目に入るのかもしれないけど、夜はいつも灯かりがついている。

気になりはじめてからは、意識してチェックするようになった。
それから3日間、飲み会は毎日行われていた。
しかも、そこにいるメンバーがだいたい同じに見える。
遠くて顔までははっきり分からないが、毎日見てると服装や動きでなんとなくわかる。

ただの飲み好きが毎日飲んでるだけだったら珍しくもないが、立食形式にはしないだろう。
毎日そんな行事がある会社。
ちょっと興味が湧いた。

職場の人に、隣のビルについて聞いてみた。
しかし、どこの会社が入ってるビルか、知ってる人はいなかった。
大手ではなさそうだ。
そこで、自分で見に行く事にした。
昼休みに食事をとるついでにそのビルまで足を伸ばした。
例の食堂らしきフロアが13階である事は数えてある。

いくつかのテナントが入ってる雑居ビルだった。
ロビーの案内板を覗いて、13階を確認すると、何も表記がなかった。
せっかくここまで来たのに無駄足なのもしゃくなので、受付まで行ってみた。

「ここの13階は、どこの会社が入ってますか?」
ストレートに聞いた。
「現在は使われておりません」
あっさり返された。
「食堂になってますよね?」
「いいえ。空きスペースになってます」

納得できるはずもなく、そのままエレベータに乗り込んでみた。
エレベータ内の案内板も、13階には何も書いてない。
階数を数えたときに間違えたのだろうか。
だけど、12階も14階も空いているらしい。
試しにボタンを押してみたけど、反応がなかった。
止まらないように設定されている。

試しに20階を押してみた。
ランプが点灯し、エレベータが上がり始めてしまった。
知らない会社のフロアに着いて、不審に思われたら困る。

困ってると、エレベータが止まり始めた。
まだ指定した階じゃない。
誰かが乗ってくる。
とっさに下を向いて、携帯をいじってる振りをしてみた。

ドアが閉まって、また上がり始めた。
そして、20階に着いた。
顔を上げると、そこには誰もいなかった。
ドアが開いて見知らぬフロアに着いた。
誰も乗ってこなかったので、そのまま降りた。

そして、今の出来事を思い返した。
上る途中で確かに止まったのに、誰も乗ってこなかった。
もしかして、あれは13階だったんじゃないだろうか。
そんな想像を巡らせたとき、またエレベータが止まった。
今度は顔を上げたまま。表示を確認した。
13階だ。

ドアが開いた。
向かいの窓から見てた宴会の風景が広がってるかと思ったが、がらんとした広い空間でしかなかった。
カーペットは敷いてあるが、それだけのフロアだった。
そして、静かにドアが閉じてエレベータは1階に降りた。
最後にもう一度13階を押してみたが、やはりランプは点灯しなかった。

職場に戻って同僚に昼のことを話して聞かせた。
そう言えば、あそこっていつも飲み会やってるかもね。
で、誰が13階でエレベータを止めたの?

今でも向かいの13階では飲み会が行われている。
うちの職場の者は、みな気味悪がって見ないようにしている。
posted by 黒鳥 at 22:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 021〜030 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月16日

確かに帰ってきていた

同棲している彼女から、帰りが遅くなるとのメールがありました。
会社で送別会があるとか。
今までも時々あったことなんで、いつもどおりに返事して、金曜の夜にひとりはつまんないのでビールを飲んでました。

帰りが夜中になるときはいつも駅まで迎えに行ってたので、その日もがんばって起きてようと服も着替えずにいました。
お酒を飲んで帰った時に彼女がいつも食べるミカンも用意してあります。
しかし次第にビールの量も増え、つい床でうとうとしてました。

ぱちん。
テレビが消えるときの音で気が付きました。
酒と眠気でもうろうとしてましたが、彼女の気配を感じました。
ぼくの寝間着を持ってきてくれたようです。

動く気がしないのでだらっと伸びてたんですけど、彼女がてきぱきと脱がせたり着せたりしてくれてました。
ぼくが酔いつぶれたときのいつものパターンです。

そしてベッドまで誘導され、倒れ込みました。
毛布を掛けられて、目を閉じたまま彼女がベッドに入ってくるのを待ってました。
が、なかなか来ません。
顔でも洗ってるのかな。と思っても、水音はしません。

がんばって目を開けたら、ベッドのそばに座ってる彼女がいました。
「ミカン、冷蔵庫にあるから」
そう声をかけると、少し笑ってました。
そのあとは記憶にありません。
寝てしまってました。

翌朝、電話の音で目が覚めました。
ぼくの携帯の音です。
手を伸ばして携帯を取ったとき、彼女がベッドにいないことに気が付きました。
起きあがって探しながら電話に出ました。

何度か会ったことのある、彼女の同僚の男性でした。
昨日の送別会のあと、車で来てた人が帰る方向が同じ2人を送っていったと。
ぼくの彼女と別の人。
飲酒運転だったそうです。
そして、他の車と正面衝突して3人とも即死だったと。
その人にもさっき警察から連絡があったそうです。

ぼくは電話で話ながら家中を探しましたが、彼女はいません。
「昨日帰ってきてましたって」
「いや、警察が身元も確認したらしいけど」
わけが分からないまま、ぼくも確認しに行きました。

対面した遺体は、確かに彼女でした。
出かけていったときの服装そのままでした。
顔も髪も綺麗なままで、死んでいるのが信じられませんでした。
昨夜のことも夢とは思えませんでした。
だけど、認めないわけにはいきません。

涙が流れてきました。
警察の人達が離れたとき、ぼくはそっと彼女に口づけをしました。

ほんのりと、でもしっかりと、ミカンの香りがしました。
posted by 黒鳥 at 22:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 021〜030 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月12日

深夜の内線電話

以前勤めていた会社では、夜勤当番がありました。
毎日誰かしらが夕方出勤して翌朝までオフィスにいます。
何事もトラブルがなければ、朝までのんびり自分の仕事に専念できます。
誰も見ていないので、適当に居眠りしてても読書していても問題ありません。
だけど、金曜日の夜勤はみんなが嫌がる勤務でした。
みんなが飲みに行ってるときに拘束されるからだと思っていました。

女性だからと気を使ってくれてたのか、わたしに夜勤当番はなかなか回ってきませんでした。
特に金曜夜勤は入社してから2年間、一度もありませんでした。
しかし、あるときどうしても他の社員の出張等でわたしが金曜夜勤を受け持つときが来ました。
「女の子は金曜に泊まらせないようにしてるんだけどね」上司が言ってました。

他の曜日でたまには夜勤をやってたので、特に不安はありませんでした。
けれども、夜に通常勤務で帰宅する先輩がわたしに言いました。
「もしかしたら、夜中に内線が鳴るかも知れないけど、それは取らなくていいから」
どうせいつもの冗談で怖がらせてるだけだと思いました。

金曜日は皆帰宅が早く、10時前にはほとんど人がいなくなりました。
11時過ぎには他の部署を見て回り、残ってる人がいないのを確認して照明を落として来ました。
そして一人っきりでトラブルがないことを祈りつつ、週明けに提出する書類を作成していました。
すぐ手元にある電話は一度も鳴りませんでした。

夜勤では電話もなく話しかけてくる人もいないので、仕事に集中できます。
気がついたら夜中の2時を回っていました。
さすがに少し疲れたので、休憩しようと給湯室に向かいました。
カップにお湯を入れてる最中、近くで電話の音が聞こえました。
内線呼び出しの音でした。

電話が鳴ってる部署に着いて灯りをつけました。
まだ呼び出しが鳴っています。
電話機を覗き込むと、呼び出し元の内線番号が表示されています。
呼び出し元は、わたしの机でした

どうしようか迷っている間、ずっと電話は鳴り続けています。
しょうがないので、席に戻って確認してみることにしました。
鳴り続ける電話をそのままに、部署へ向かいました。

戻る途中、別の部署を通ります。
そこでも電話が鳴り始めました。
見るとやはり自席からです。
また別の部署でも鳴りました。
わたしが通るのを待ってるようでした。

席に戻っても、背後からは呼び出し音が聞こえます。
自席の電話は、受話器が外れていました。
それを取り上げた途端、呼び出し音がみんな消えました。
ディスプレイが通話中を示す表示に切り替わりました。
そして、受話器から子供の鳴き声が聞こえてきました。

わたしはすぐに受話器を置いて、そのまま荷物をまとめてビルを出ました。
外から見上げると、やはりオフィスは真っ暗です。
窓に人影が見えたような気がしましたが、気のせいかも知れません。

その日はまっすぐタクシーで帰宅し、週明けに上司へ報告しました。
職場放棄した理由を全部話しました。
信じてもらえないかと思いましたが、上司はそれについて何も言わず、軽いおしかりだけでした。
先輩にも話しました。
「前にいた女の子も、同じようなことを言っていた」
そう言ってました。
その後その女性は職場を辞めたそうです。

それからすぐにその職場を辞めました。
とてもその席で仕事を続けられる気分でなかったので。
辞めるとき、あの件に関するいろんな噂があることを教えてもらいました。

どれが真相なのかは分からないし、わたしにとってはどうでもいいことでした。
ただ、今でも時々電話を取るときに思い出します。
posted by 黒鳥 at 21:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 021〜030 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年10月06日

おばあちゃんのいる風景

おばあちゃんはいつも縁側でひなたぼっこしてた。
猫のミケさんがそばにいて、おばあちゃんに撫でられていた。
ミケさんも結構なお年寄りだったらしく、あたりを駆け回るよりもゴロゴロと日光浴してる方が多かった。
たまに妹も一緒に昼寝してた。

ぼくが小学生の頃、おばあちゃんは静かに亡くなった。
悲しかったけど、「苦しまず穏やかに天国に行った」と誰かが言ってたので、良かったんだと思った。

おばあちゃんが亡くなったそのあとも、ミケさんは相変わらずいつもの場所でひなたぼっこしてた。
縁側を通るときはミケさんをまたいだりするが、全然気にせずゴロゴロしてた。

しばらくして、庭の池を工事することになった。
「明日から大工さんが来るから、ここにいたら危ないよ」
お母さんが縁側でミケさんと寝てる妹に言ってた。

次の日、大工さんが来る前のミケさんはおばあちゃんの部屋でゴロゴロしてた。
お母さんが言うことが分かったのかな?
でも、あのときミケさん寝てたよね?
みんなで首をひねってた。

でも、おばあちゃんは起きてたよ
妹が言った。

それからはときどき「おばあちゃん元気?」と妹に聞いたりした。
半年くらいしてミケさんが亡くなったあとは、おばあちゃんはいなくなったそうだ。
posted by 黒鳥 at 19:12| Comment(0) | TrackBack(0) | 021〜030 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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