2004年08月01日

連鎖する厄災

小学生の頃、近所に精神病院があった。
周辺の子供は皆、悪いことをするとそこに入れられると親に脅かされてしつけられた。
あるとき、そんな病院に関するうわさが学校で広まった。

「最近若い女性が入院した。その人は、幽霊を見て頭がおかしくなった」

他愛もないうわさ話で最初はすぐに忘れてしまった。
が、後に全く別のルートで同じ話を聞いた。
テレビの怪談特集で、まさにその女性と思われるエピソードを紹介してたのだ。

地元では常に霊にまつわるうわさのあるスポット。
そこにあるカップルがドライブに出かけ、彼女がちょっとトイレに降りた間に彼氏が軍服の幽霊に囲まれる。
彼氏は慌てて車で逃げてしまい、翌朝友人ともう一度彼女を探しに戻った。
彼女はそこにいたが、既にまともな状態ではなかった。
そして入院。

学校で友達から聞いた噂とテレビでの放送。
二つが重なったことで、小学生の僕らにとってはそれは真実だと信じるに十分だった。

放送後、すぐに仲間内で探検隊が発足した。
その精神病院を覗きに行こうというのだ。
精神病院の警備は当然厳しかったが、ときどき覗きに入る悪ガキはいた。
ぼくら4人組は、まんまと潜入に成功した。

夜の闇に紛れて、鉄格子のはまった窓を外から覗く。
例の女性が一階に収容されているとは限らないが、僕らに出来るのはそれだけだった。
女性患者を見かけても、それが話に出てた女性か確かめる術もない。
しかしそんな心配は無用だった。

個室のはずの部屋の中に一つ、その部屋にはたくさんの人がいた。
着ていたのは軍服だった
そして、軍服の輪の中に座ってる女性が一人。

その部屋を覗いた瞬間から、スローモーションのように覚えている。

軍服の一人が窓を振り返り、ものすごい勢いでこちらに迫ってきた。

ぼくはすかさず地面にしゃがみ込んだ。そして、窓を見上げた。

鉄格子から伸びた腕が友人の頭をつかんでいた

そして僕と友達二人は走って逃げた。
多分悲鳴をあげていたと思う。

一人の家に行って、そいつのお母さんに今あったことを話した。
置いてきた友人の親にも話した。
病院にも連絡し、学校にも連絡が行った。
軍服の幽霊を見たことも全部話した。

友人は結局見つからなかったらしい。
学校では、友人は急に転校したと説明された。
病院に行ったことは厳しく口止めされた。

事件から1年くらいたったある日、あの友人が精神病院に入院していると言う噂が流れた。
お母さんが病院から出てくるところを誰かが目撃したのだ。

この話をテレビ局に投稿して放送されたら、また同じことが繰り返されるのだろうか。
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2004年07月23日

亡き父に守られて

今度の披露宴でフォトムービーを流そうということになり、幼い頃の写真を取りに田舎の実家へ帰ったときの話です。

母はわたしの披露宴の段取りについて嬉しそうに聞いてくれました。
父を早く亡くして以来、一人で育ててくれた母です。
でも子供の頃の写真を使うと言ったら、急に難しい顔になって
「なっちゃん(わたし)が幼稚園のころの写真は、残ってないよ」
と言いました。

そんなの初耳でした。
ハイキングや海水浴に行ったときに写真を撮ってた覚えはあります。
母は、写真は撮ったけど処分したと言いました。
理由を聞いてもはっきり言ってくれませんでした。

しょうがなく一人で探してみると、本当に無いのです。
赤ん坊の頃やよちよちの頃の写真はあります。
小学生の頃の写真もあります。
でも、幼稚園のころの写真だけがありませんでした。

お遊戯会で友達が踊っている写真がありました。
でも、わたしが写ってる写真はないのです。
自分の記録がすっぽり抜け落ちていることにわたしはたまらなく悲しくなり、つい一人で泣いてしまいました。

そんなわたしに母が話しかけました。
「なっちゃんももう大人だから、本当のことをちゃんと話そうね」
そして母が話してくれました。
不思議な話でした。

わたしは幼稚園のころ、高熱を出して寝込んだことがあるそうです。
突然体中が熱くなって、白目をむいて泡を吹いて痙攣していたそうです。
そんな状態を見て、母はわたしの死を覚悟したそうです。
でもわたしは一晩でけろっと快復したんだそうです。
ただ、それからわたしの左腕は動かなくなってしまいました。
それはよく覚えています。
少しずつ動くようになり、小学校にあがる頃にはすっかり治っていました。

そして母はタンスの中から一つの箱を持ってきました。
箱の中には数枚の写真が入っていました。
小さな女の子の写真。わたしです。そして・・

「なっちゃんが退院した後しばらくの間、ずっとこんな写真だったの」
どの写真も、写真全体が白い光が斜めに射し込んでいました。
そしてわたしの周りに黒いモヤのようなものがありました。

何度もこのような写真が撮れるので、霊感が強いというある人に見せたそうです。
そしてその人が撮ったという写真もありました。

椅子に座ったわたしの左腕に蛇が巻き付いていました
そして、わたしのそばに人が立っていました。

「これはね、なっちゃんのお父さん」

その人が言うには、わたしはこの蛇の霊に憑かれて殺さるところだったそうです。
そして死んだお父さんが助けてくれたのだそうです。

わたしの腕が動くようになった頃から、写真におかしなものが写らなくなったそうです。
母は怖いもの大嫌いなわたしのために、写真を隠してこのことを内緒にしていたそうです。

話を聞きながらわたしはまた泣いていました。
幼い頃に亡くなった父の記憶はほとんどありませんでしたが、今では父にとても感謝しています。

父とわたしの写真は、今はわたしたちの新居で大切にしまってあります。
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2004年07月19日

自分の火葬

僕には父親がいなかった。
物心つく前に両親が離婚していたから。
ずっと母親に育てられて、それが当たり前として育った。
だから父親がいなくても、何か足りないような感覚は全くなかった。

小学生の頃、ある遠足の日の朝だった。
母親が神妙な顔で、父親が亡くなったと言った。
今日火葬だから行って来いと。そして、通夜と葬式。
うちの地方はそんな順番だった。

父親なんて知らなかったわけで、そんな人が亡くなったと聞いても悲しくも何ともなかった。
遠足にいけないことが腹立たしいだけだった。

何年も会ってないし当然顔も知らない。
そんな人の火葬の場にに出席して、息子と言うだけで最前列で見守る羽目になった。
祖父母が泣いているが、僕は居心地悪いまま立ちつくしていた。

棺桶の窓を開けて皆が最後のお別れをしている。
僕は知らない人の死に顔は見たくないので行かなかった。
そして、顔も知らない父親が火葬の機械に入れられた。

祖父母は声を出して泣き崩れていた。
そのすぐそばで平然と立っている僕は、周りの親戚縁者からどういう風に見られているんだろう。
そんなことをぼうっと考えているとき、目の前にいるおじさんが目に入った。

いつからそこにいたか知らないけど、こんなそばにいるってことはよほど近い縁者なんだろう。
だけど、その人もじっと祖父母を見つめていただけで、泣いたりはしてなかった。

やがて火葬が終わり、骨壺に入れる作業が始まった。
祖母はまだ泣きながら箸で骨を拾っていた。
ぼくにも箸が渡され、嫌だったけどしょうがなく拾った。
さっきのおじさんはやらなかった。
やっぱり生前のつきあいが少なかった人なんだろうと思っていた。

次の日も僕は学校を休んでお通夜に出た。
やはり僕は最前列に座らされた。
その隣には祖父母。母親はずっと後ろ。

お経が読まれている間、こっそり昨日のおじさんを探したけど、見つからなかった。
遠くから駆けつけてすぐ帰ってしまったのだろうか。
だけど、僕は違う考えを思いついてしまった。
気のせいだと思ったが、どうしても間違いないように思えてきた。

お通夜の後、隣の祖父に聞いてみた。
「お父さんって、兄弟はいるの?」
「姉がいるけど男兄弟はいない」という答えだった。

間違いない。と思うしかなかった。
火葬の席でそばにいたおじさんは、今目の前にある遺影と同一人物だった

この話を人にしたとき、その人の感想は「やっぱり息子が気がかりだったのかな」ということだった。
けど、多分父親は僕のことなんて気にしてなかったと思う。
ずっと祖父母のことを見ていた。
親より先に死んでしまったことを悔いていたんだろうと思う。
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2004年07月16日

たくや

帰宅途中の電車内で、そこだけ異様な空間だった。
わたしは座って寝ていたので最初は気が付かなかった。
ふと目を覚ますと、周囲には人がいなかった。
一人だけ、わたしのすぐ隣に座ってる女性がいた。
携帯をいじっていた。

田舎だけど、人がいない電車ではなかった。
同じ車両にはたくさん人がいた。
ただ、わたしとその女性がいるその一角だけ、誰もいなかった。
そんな状態なのに、なんでこの人はわざわざすぐ隣に座ってるんだろう。

わたしがここに座ったとき、隣はおじさんだった。
他にも人がたくさんいた。
寝て起きたらこの状態。

気のせいかと思ってたが、他の乗客からチラチラ見られている。
人がいないのは、わたしたちを避けているからか?
わたしは避けられる覚えなんてない。
じゃあ隣のこの人か?

とにかく、こんなに空いてるのにすぐ隣に人がいるのは落ち着かない。
一つ隣に移動しよう。
そう思ったときだった。
女性の携帯が鳴った。

女性は携帯をいじってたくせに、鳴る電話に応えない。
思わず女性の顔を見た。
電話が鳴ってるのも気づかないように、力無くぼんやりしてるだけだった。
そして、電話にでた。

小声だったが、隣にいたわたしにははっきり聞こえた。

「もしもし。うん。電車の中。今向かってるところ」
「そうだよ。たくや死んじゃった
「迎えに来れる?うん。警察に行くから」

そして電話を切った。
わたしは彼女の方を向けなかった。

長い時間だったか短かったかわからないが、電車が駅に着いた。
扉が開いて、制服を着た警察官が乗り込んできた。
乗客の一人がこちらを指さしているのが見えた。

警察官に促されて、彼女が立ち上がった。
彼女を挟んでわたしの反対側の座席、わたしの死角になっていたシートにコンビニの袋が置いてあるのが見えた。
袋の中にはまだ赤ん坊のたくやがいた


それからわたしは、電車で座っても決して眠れないようになった。
たくやの顔中のやけどを思い出してしまうから。
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2004年07月12日

インカムから聞こえた悲鳴

ぼくが学生の頃入っていたサークルは、年に二回大きな発表会を行います。
県の文化ホールを借りて、一般市民から少しだけど入場料を取るような割と本格的なやつです。
夏と冬に開催するのですが、一年生の夏はみな裏方をやります。
ぼくはミキサー室でピンスポットライトを操作する係でした。

会場入りの前日、先輩から注意事項がありました。
ミキサー室には配電盤もあるが、決して触らないように。とのことです。
同じ大学の演劇サークルが去年同じ会場で感電事故を起こしたのだそうです。
施設側からも厳重に注意されているようです。

リハ当日、ぼくは初めてそのミキサー室に入りました。
本格的な機材がたくさんあって面白かったです。
ぼくらはインカムを使う係だったので、舞台の裏方とインカムを通して話して遊んだりしました。
注意されていた配電盤はすぐに見つかりました。
僕らが作業するピンスポットライトのすぐ後ろでした。
「高圧電流危険」と書いたプレートが貼ってありました。
それに、しっかりと鍵付き扉で封印されていました。

リハは順調に進みました。
ピンスポットライトの係は忙しく、ほとんど立ちっぱなしで舞台の登場人物を追います。
たまに休める時間帯があるので、その時だけは椅子でゆっくり出来ます。

何度目かのリハから、ミキサー室内の照明も落としました。
手元の小さなライトで台本を確認しながらの作業です。
暗くなるとそれだけで集中力が増し、無駄口を叩く人もいませんでした。

そのリハの最中、休憩できるわずかな時間にぼくは椅子に座って舞台を見ていました。
背もたれに体重を預け、行儀悪くのけぞって見てました。

そのとき、ぼくは椅子ごと後ろに倒れ、配電盤に頭を突っ込む寸前で運良くそばにいた仲間の腕をつかんで危ういところを逃れました。
その時のぼくの悲鳴がインカム越しに皆に聞かれ、後でずいぶん笑われました。

が、ぼくはとても笑えませんでした。
あのとき椅子にもたれてたぼくの肩を引っ張られた感触がまだ残っていたからです。
仮に人に話しても、気のせいだったと言われるかも知れません。
だけど、転んだときに悲鳴を上げたのはぼくではないのは絶対に確かです。
インカムから確かに悲鳴が聞こえました。ぼくにも聞こえました。
でもそれはぼくの声じゃありません。
それと、その時に限って配電盤の扉が開いていたこと。
ぼくには偶然に思えませんでした。

そのあとで施設の人に去年の事故について聞いてみました。
感電した人は、実は即死だったそうです。
ぼくと同じように椅子ごと頭から配電盤に倒れたらしく、そのときは扉が壊れていて開けっ放しだったそうです。
事故後に新しい扉が付けられたそうです。

その後、扉が開いていたことを伝えてしっかりと鍵をかけ直してもらい、念のため椅子も交換してもらって、無事に本番を終えることが出来ました。
ぼくが転んで悲鳴を上げた話はその後も何度か笑い話のネタにされました。
そのたびにぼくは一人で背筋の寒い思いをしていました。
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2004年07月10日

鳴り続けた電話

携帯のワンギリが全盛期だった頃は、夜中でも構わず何度も着信があった。
徹夜で仕事をしていたその日、夜中3時過ぎに休憩を取った。
着信は山ほどあった。
不思議なことに、非通知がほとんどだった。
ワンギリ業者は非通知で電話をかけない。

履歴をよく見ると、非通知の着信は10分おきにあった。
このあとも続きそうな気がしたので、非通知を拒否する設定に変えた。
3時20分になっても着信はなかった。

忘れた頃にまたワンギリがあった。ちょうど4時だった。
今度は知っている番号だった。
それはつい先週別れた前の彼女だった。
俺にベッタリでいい加減うざったくなったので、かなりひどいことを言って捨てたのだった。

こんな時間にワンギリ。
もしかしたら非通知の着信も彼女かも知れない。
ストーカー気味の彼女ならやりかねない。

携帯の時計が4時10分を示すのを確認し、次の着信が来るのを待ちかまえた。
すぐに彼女からの着信が来た。すかさず取って、一言「死ね!」って言って切った。

しかし効果はなかった。
その後も10分おきに着信が来た。
全部シカトした。

6時前くらいに、職場へ電話がかかってきた。
警察から俺宛の電話だった。

不在の間に俺のアパートで火事があって、俺の部屋から焼死者が出たそうだ。
ただ死体は女性のもので、それで俺の行方を捜して実家の親や職場の上司などあちこちに連絡が飛んだらしい。

その後、火元も俺の部屋だとわかった。
そして、やはりと言うべきか、死体はあの彼女だった。
警察の結論は、別れ話を苦にしての放火自殺だった。
俺があんなことを言ったせいかと思い、激しく後悔した。
自分や近隣の住民も住処と家財を失った。

そのショックがとても大きかったせいか、警察にも話し忘れたことがある。
話しても相手にされなかったかも知れない。
警察から電話が来る直前まで、彼女からの着信が鳴り続けていたこと。

その日俺が自宅にいなかったのが幸いなのか不幸なのか、いまだによく分からない。
俺は携帯を解約し、今の新しい携帯も夜には電源を切っている。
posted by 黒鳥 at 00:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 001〜010 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年07月07日

予知する癖

最初はあまり不思議に感じなかった。
だけど、あまりに頻繁にあるので、だんだん意識するようになってしまった。
「そんな話したっけ?」ってよく言われてしまうのだ。

例えば最近彼氏と別れた友達と話しているとき、もう元気になった?と聞くと驚かれる。
別れたことを話したっけ?というのだ。
車なおった?と聞くと、車をぶつけたこと言ってたっけ?と返ってくる。

誰か一人に対してそんなことが頻繁にあるなら、その子が忘れっぽいだけだと思う。
別れたこともぶつけたことも事実だから、わたしが勘違いしているわけでもない。
ただ、わたしは聞いた覚えがあるのに、みんなはわたしに話した覚えがない。

ひどいときには、「まだ誰にも話してないのにわたしが知っている」ということまであった。
そんなのがあまり何度もあると気持ち悪がられる。
わたしも気持ち悪い。だから、そんなときは適当にごまかす習慣が付いた。
前に聞いた話を話題にすることも避けるようになった。

そうすると、「友達が楽しそうに話す話題を既にわたしは知っていた」ということが多いのに気が付いた。
例えば友達が昨日の出来事を話してくれている。
でも、わたしはそれをもうちょっと前から知っていた。
その話、前にも聞いたよ。とは絶対に言えない。

そしてついに、恐れていたことが起こってしまった。
友達が母の日のプレゼントを買いに行くという。
「あなたこの間、お母さんが亡くなったって言ってたじゃないの・・・」
もちろんそんなことは言わない。
だけど、わたしには分かってしまった。
そして、わたしの記憶通り、彼女のお母さんは急に亡くなられた。

自分の記憶の中で、どれが過去のことでどれが先のことなのか、自信がなくなってしまった。
友達と話すのもぎこちなくなってしまった。
未来のの話をしてしまわないようにと、とても神経を使うから。

そんなわたしにとって、インターネットのチャットや掲示板はとても居心地が良かった。
もともと共通の話題のない人たちの集まり。
その日その場だけ盛り上げて、また別の日に知らない人たちと話す。

そしてたまにいたずらをする。

最近の大きな出来事を思い出して、ネットで検索する。
それらしきものが引っかからなかったとき、こっそり書き込んでみる。
9月11日は飛行機に注意

人と話せなくなってしまったわたしは、そうやってネットの世界だけでひっそりと生きている。

まだわたしが死ぬときの記憶は無い。
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2004年07月05日

奇妙なCD

以前、笑っていいとも!の番組中で奇妙なCDが紹介されたことがある。
たしかB’zのCDだったと思うが、再生すると毎回違った音が流れてた。
それが暗い感じのうめき声にも聞こえる嫌な音だった。
悲鳴に聞こえるような高い音も流れ、会場のお客さんも悲鳴をあげていた。

私の兄もそんなCDを持っていた。
私の知らないアーティストのCDだったが、それも再生するたびに違った音が鳴っていた。
たいていは、風のような、海の波のような、そんなざわざわした音だった。大勢の足音にも聞こえたような気がする。

笑っていいとも!の放送を見たときに、自分も送れば賞金もらえたのにと兄は笑っていた。
今思うと、送らなくて良かったのかも知れない。
あれは、ただの妙な音がするCDではなかったかも知れない。


昔、学校で友人にそのCDの話をしたところ、ぜひ聞いてみたいというので家に連れてきたことがある。
兄はまだ帰っていなかったが、置いてある場所は知ってたので勝手に持ち出した。
兄は私が部屋に入ると怒るので、ばれないように兄のステレオでなく自分の部屋のラジカセで再生した。

再生したとき、しばらくはほとんど無音だった。
普通の歌手のCDなんだからそれだけでもちょっと異常なのだが、友人はちょっと期待はずれ風だった。
ただ、私が以前に聞いたときとはだいぶ違っていた。

そのとき、居間で電話が鳴った。
二人で聞き耳を立てているときだったので、ものすごくびっくりした。
二人で笑いながら再生を止めて、私は電話を取りに居間へ行った。
電話はすぐに終わった。5分もかからなかったと思う。

部屋に戻ると、友人が帰ろうとしていた。
一緒にもう一度聞こうと言ったが、どうしても嫌だと帰ってしまった。
不思議に思ったがどうしようもなく、私は一人でCDを兄の部屋に戻した。
その後兄も帰宅したが、部屋に入ったことには気づいてないようだった。

夕食後に部屋に戻って自分のCDを再生したとき、ラジカセから大音量で音楽が流れて来たので慌てて止めた。
音量つまみがかなり大きなところにセットされていた。
昼間に使ったときはそんなことなかったので、友人のいたずらに違いない。

夜になって、私に2度電話があった。
友人の母親からと、警察からだった。
あの友人が、電車に飛び込んだというのだ。
私の家から帰宅した後、自分の部屋にいたと思っていたらいつの間にか外へ出ていて、踏切から線路に入ったらしい。
帰宅前に私の家に寄ったことを話していたので、いろいろと事情を聞かれた。
が、兄に怒られるのが嫌だったので、あのCDを聞いていたことは言わなかった。
友人が自殺するような動機は、私も友人の家族も誰も見当も付かなかった。
これから自殺する人が、あんないたずらをするだろうか。


その後何年もこのことは忘れていたが、最近あることで急に思い出した。
映画のシックスセンスで、主人公が古いテープを再生したとき、奇妙な音に気が付いて音量を上げ、あり得ないはずの声を聞くというシーンがあった。
私の想像だが、きっと友人は私が部屋を出ている間にCDを聞いていたのではないだろうか。
そして、何かに気づいて音量を上げたのではないだろうか。
そして、聞いてはならない何かを聞いてしまったのではないだろうか。


友人のことがあってから、私はそのCDを聞いたことがない。
その存在も忘れていた。
兄が就職して一人暮らしを始めたとき、CDを一切持っていってしまったので、私は聞きたくても聞く機会がなかった。

シックスセンスを見て友人の自殺とCDとの関係を思いついたが、その時には確認しようがなかった。
CDを持っていたはずの兄は、家を出た翌年に彼女と心中していた。
車で海に飛び込んだそうだ。
私も私の両親も、兄の友人や同僚達も、やはり動機の心当たりなんてなかった。

兄の遺品を整理したとき、そのCDのことは忘れていたので確認していない。
少なくとも、私の周りに今そのCDは無い。

もっと前に友人とCDのことを思いついていたら、兄に話していたかも知れない。
そしたら、もしかしたら兄は心中しなくて済んだのかも知れない。
CDと友人や兄の自殺との関連はまったく私の想像にすぎないが、もしかしたらという思いがどうしても頭を離れず、悔いが残っている。

長くなってしまいましたが、私の話はこれで終わりです。
posted by 黒鳥 at 02:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 001〜010 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年07月04日

定刻通り

同じマンションで殺人事件があった。
夫婦喧嘩で旦那が奥さんを殺してしまったらしい。
近所でも噂になっている夫婦だった。

自分は聞いたことがないけど、部屋から悲鳴が聞こえるという噂だった。
DVが頻繁に行われていたらしい。

その日、初めて自分も悲鳴を聞いた。
ガーとかギャーとかなんとも表現しようのない声だった。
しばらくして救急車やパトカーが来ていたようだが、自分は怖くて見に行かなかった。
次の日の朝、テレビで殺人事件を報道していた。
モザイクがかかっていたが、現場のマンションは間違いなくうちのマンションだった。

テレビが伝えた犯行時刻は夜11時ごろ。
悲鳴が聞こえたのは、あるニュース番組が始まったころだった。

初めて悲鳴を聞いた翌日から、何度も悲鳴を聞くようになった
あ、聞こえた。と思って時計を見ると、決まって11時5分頃だった。
11時ごろにふと思い出して、聞こえるか聞こえるかと待ちかまえていると聞こえない。
忘れてる時に限って聞こえる。

家族でテレビを見ているときに聞こえたこともある。
父と目があったが、お互い何も言わなかった。
自分の家もそうだが、マンション中がひっそりと暗い雰囲気になってた気がする。

事件から2週間くらいたった頃、捕まっていた旦那が留置所で自殺したという噂を聞いた。
新聞に小さな記事が載っていたような気もするけど、真相はよく分からない。
とにかくそれから悲鳴は聞こえなくなった。
posted by 黒鳥 at 00:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 001〜010 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年07月02日

黒い猫と女の子

ある夜駅から歩いて帰宅してる途中のこと。

10mくらい前に一人女の子が歩いています。
その子の後ろを黒い猫が歩いていました。
ぼくのほうが歩くのが速いので次第に近づいているわけですが、猫はまるっきり後ろを気にしません。
こんなに道をまっすぐ歩き続ける猫も珍しいような気がします。
たいていはどっかの庭に入っちゃって、道路に出るのはほんの少しだけなのに。

猫はつかず離れず、ずっと女の子の後ろにいました。
女の子は楽しげに携帯で話しながら歩いていて、猫には全く気づいてないようでした。

女の子に見覚えはなかったけど、数日前の晩のことを思い出しました。

  自宅の近所の路上で女の子が一人、携帯で話してました。
  ガードレールに腰掛けて。
  女の子のすぐ後ろに猫の死骸がありました
  ガードレールの真下くらい。
  ちらりとしか見ませんでしたが、黒い猫のようでした。

女の子を追い越してから少し歩くと、その死骸のあった場所を通ります。
もう死骸はありません。
通り過ぎた後で、気になって振り返りました。
女の子が携帯で話してます。
数日前と同じその場所で。

猫もいました。
座って女の子を見上げてます。
数日前と同じその場所で。


立ち止まってじっと見ている僕に気が付いたその子は、電話を切り上げながら目の前の家に入っていきました。

それから帰り道でその子を見かけたことはありません。
だけどきっと、今も時々自宅の前で終わらない楽しい会話をしているのでしょう。

今も猫が見つめているのかどうかは分かりません。
posted by 黒鳥 at 01:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 001〜010 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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