2005年03月28日

長老猫との会話

引っ越し先のアパートの隣には、ごく普通の一軒家があった。
何の変哲もないご家庭で、「チョーさん」という一匹の猫を飼っていた。
深夜に帰宅したとき、アパートとの境の塀にちんまりとチョーさんが座っていることがある。
相当高齢らしく、毛皮につやはなく目もどんよりしてる気がする。

そんなチョーさんに声をかけたのは、ほんの気まぐれだった。
「ただいま」
「にゃあ」

返事をした。
ような気がした。

その日は気のせいだと思ってやり過ごしたが、同じやりとりが何度も続いた。
声をかけられると鳴くらしい。それだけだと思っていた。

ある日曜の昼、外出しようと外に出た。
アパートの外階段を下りようとしたら、チョーさんが途中で寝ていた。
「ちょっと通るよー」
返事はなかった。
けど、チョーさんはのそっと動いて脇を空けた。
そこを通らせてもらい、2、3段下りたところで振り返った。
チョーさんもこっちを見ていた。
ばっちり目が合った。

「ご飯食べたの?」
「にゃあ」
いつもの返事だった。
「何食べたの?」
返事はない。
答えにくかったのか。

その日の夜帰宅するときにも、チョーさんは塀の上にいた。
いつもの挨拶をして通り過ぎようとしたとき、チョーさんに呼び止められた。
「ちょっと待って」とか言われた訳じゃない。
ただ「にゃあ」と鳴いただけだが、呼ばれた気がしたのだ。

振り返ると、チョーさんは鼻で足下の何かをこちらへ押しやっていた。
小さな石ころのようだった。
取り上げてみると、茶色いキャットフードらしきものだとわかった。
「これがチョーさんのご飯?」
「にゃあ」
昼間の回答がこれなんだろうか。

不思議な気持ちだったが、チョーさんなら何をしても不思議じゃないような気がした。
「ありがと」
キャットフードを返そうと手を伸ばしたら、その手をチョーさんが押し返した。
引っ掻くような猫パンチの動きじゃなく、ほんとうにゆっくりとこちらの手を遮って押し返してきた。
その人間くさい動作。
『いいからもっとけ』とでも爺さんに言われているようだった。

「ありがと」お礼を言ってみた。
「にゃあ」いつのも返事だった。

それからまもなく、チョーさんは静かに天寿を全うしたそうだ。
もうしばらく生きていたら、化け猫にでもなったのではないだろうか。

今でもチョーさんからもらったキャットフードは棚に飾ってある。
もうちょっとチョーさんと話してみたかったと思う。
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2005年03月09日

次に亡くなる家

去年、仕出し弁当屋で配達のバイトをしていた。
たまに妙な客からの注文があった。
怪しげなセミナーだったり、何かの撮影現場だったり。
お葬式の会場に運ぶことも多かった。

あるとき、郊外の小さな町へ弁当を届けに行った。
そこでお葬式が行われていた。
よくあるお葬式で何も変わったことはなかったのだが。

次の週にも、その地区へ弁当を届けに行った。
やっぱりお葬式だった。
代金を払ってくれたのは、前回と同じおばさんだった。
前回は地区の施設を使ったお葬式だったが、今回は故人の自宅らしかった。

その次の週はシフトに入っていなかったが、更に翌週はまたもその地区へ配達に行った。
あとで帳簿を見せてもらったら、5週連続で注文が入っていた。
お客さんの名前も注文の数もいつも同じだった。
注文しているのはあのおばさんかも知れない。

今回も故人の自宅でのお葬式で、あのおばさんが会計をしてくれた。
聞いちゃいけないような気もしたけど、つい聞いてしまった。
「最近、こちらでお葬式が多くないですか?」
一瞬、おばさんの顔がこわばったように感じた。

おばさんはだまって空を見上げた後、おかしな事を言った。
「そうだね。毎年この時期はね」

「毎年なんですか?」

次はあの家だよ

おばさんは無表情に通りの向こうのある家を指さした。
見ると、その家の玄関脇に赤い30cm四方くらいの紙が貼ってあった。
何か丸い記号のようなものが書いてあった。

そう言えば。
今いるこの家も、玄関に紙が貼ってあった。
「あの赤い紙は何なんですか?」
「そういうシルシだよ」

もっと聞こうと思ったが、「もういいから帰りなさい」と言われてしまった。
そのあと、やはりその地区で同じおばさんから弁当の注文があったらしい。
気味が悪かったので、自分はその地区への配達を避けた。

しばらくしてそのバイトはやめたので、弁当の注文がいつまで続いていたのかはわからない。
おばさんの話が本当なら、今年もあそこで毎週お葬式が行われているのだろう。
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2005年02月26日

見知らぬ人のアドバイス

土曜の夜に終電で駅について、田舎道を一人歩いていた。
ある角を曲がると、4〜5人の子供が遊んでいた。
手をつないでなにやら歌っている。

小さな子達で、幼稚園くらいだったろうか。
こんな夜中に変だな、とは思ったが、そのまま脇を通り過ぎた。
ふっと、歌声が止まった。
気になって振り返ってみると、子供達がみな自分を見つめていた。

少し薄気味悪かったが、それを押し隠して
「もう遅いから、早く帰りなさい」と声をかけた。
返事はなかった。
自分はそのままその場を去ったが、歌声は聞こえてこなかった。

そう言えば。
角を曲がったらあの子達がいたが、角を曲がる前は歌声は聞こえなかった。

そんな出来事を、帰宅してからネットの掲示板に書いた。
いろんなテーマの掲示板が集まっているところで、身の回りのちょっと不思議な話を話し合う掲示板もあった。
時々そこを読んでたのを思い出して、初めて書いてみたのだ。

すぐに反応があった。
相手は知らない人。
「その子達はあなたの部屋まで付いてきてるかもね。気を付けて」
単なる冗談か嫌がらせだと思ったが、気になって窓から外を覗いた。

自宅はマンションの3階にある。
窓を開けて下の道路を覗き込んだとき、パタパタと複数の小さな足音を聞いた気がした。
でも、人影はなかった。
そして不意に玄関のチャイムが鳴った。

既に夜中の12時を過ぎている。
不意に友人が訪ねてこないとも限らないが、さすがにいきなりドアを開けることは出来なかった。
覗き窓から確認すると、やはり誰もいない。

そうだ、掲示板。
今のことを書き込もうとしたら、先に書き込みがあった。
「玄関でピンポン鳴っても、開けちゃだめですよ」

「今チャイムが鳴った。開けなかったけど。開けたらどうなってたんだろう?」と書いてみた。
「そりゃあ、中まで入ってきて大変なことに」

窓を開けっ放しだったのを思い出した。
慌てて閉めた。
そのとき、窓ガラスの異変に気が付いた。

ガラスの外側は白っぽくホコリが付着しているが、一部そのホコリが取れていた。
ちょうど誰かが外からガラスを触ったように。
試しに腕を伸ばして自分で外側を触ってみた。
同じようにホコリが取れて、指が白くなった。
さっきはこんな風になってなかった。と思う。

もう怖くて仕方が無く、今頼りになるのは掲示板しかない、と思っていた。
ガラスの件を書き込んだ。
「部屋の四隅に盛り塩してみて」
アドバイス通りに、盛り塩してみた。
四つ目の角に塩を盛ってから最初に置いた塩を見ると、既に大きく崩れていた。
二つ目も、三つ目も崩れていた。
傍らの四つ目に目を落とすと、それも崩れていた。

泣きそうになりながら掲示板に結果を書き込む。
もうどうしようもない。あきらめて
その後、どんなに待っても書き込みはなかった。

自分は寝ることも出来ずに一晩中パソコンの前で返事を待っていた。
いつの間にかウトウトし、そして朝になっていた。
目が覚める寸前、子供の笑い声を聞いた気がする。
慌てて起きると、テレビが付いていた。
早朝のアニメ番組だった。
ぼんやりしたままアニメを見た。
番組が終わる頃、パソコン画面を見直してみた。

「おはよう。アニメが終われば帰ると思うよ」

番組が終わるのを待って、テレビを消してすぐ部屋を出た。
ずっと外で時間を潰し、夜に帰宅してからは何もおかしなことは起こっていない。

あの子達がいったい何だったのか、掲示板でいろいろ言ってきた彼はいったい何だったのか、何一つ分からないままだ。
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2005年02月12日

あと5人

職場仲間の紹介で宝くじの共同購入サークルに参加していた。
たいていはサマージャンボや年末ジャンボを30人で30万円購入分と言った買い方をする。
友人の友人というつながりもいるので、参加してるメンバーを全て知っているわけではない。
だから少額当選の場合にはいちいち分配せず、次の購入へ回すことが多かった。
自分は参加してから2年続けていたが、みんなに分配するほどの高額当選は一度も無かった。

サークルでサイトを立ち上げ、購入については掲示板で相談される。
直接顔見知りでない集団なので、何人かの幹事役が集金したり結果を周知したりとマメに働いていた。
その他のメンバーは黙って出資するだけだったり、有名な売り場の情報を持ち寄ったりと、様々に関わっていた。

ある時、メンバーの一人が海外旅行に行くついでに現地の宝くじを買ってこようと提案してきた。
日本でも何度か高額当選で話題になった宝くじで、街ぐるみの共同購入があったりという大がかりなものだった。
滅多にないイベントだからと出資金は高めに設定されたが、賛同者は26人集まり結構な金額になった。

そのメンバーは無事に旅行を終え、購入した証拠写真とか現地の盛り上がりを掲示板に寄せていた。
ついでに占い師に見てもらい、当選のお墨付きをもらった。
と興奮気味に書き込んでいた。

日本でニュースになったときは一人あたり5億円を超えるという金額が話題になったのだが、お告げの結果では出資者一人あたり5000万円ほどだという。
高額賞金で有名なくじの割には物足りないが、それでも本当に当たるのなら嬉しい。
当然、誰も占い師を本気で信じているわけではなかった。

それから数日後。
職場の友人達4人が乗った車が高速道路で事故を起こし、4人とも亡くなってしまった。
4人とも宝くじサークルのメンバーだったので、掲示板に事故の報告をした。
直後にメールが届いた。
サークルの幹事役の一人からだった。

「自分の友人達も最近3人が事故で亡くなった。全員 例のくじの出資者だった」
という内容だった。
慌てて確認してみると、今回の4人とも出資者だった。

幹事役と相談して、出資者にそれとなく連絡を取ってみることにした。
自分が知っている出資者の情報も彼に伝えた。
26人いた出資者のうち、連絡が取れたのは10人ほどだった。
それ以外は音信不通。
既に事故死しているのが7人。

これはただごとじゃないな。とやりとりしているうちに、職場の友人がもう1人事故死した。
やはり出資者の1人だった。
職場のサークルメンバーは自分を除いて全て死んだ。

他のサークルメンバーも異常に気づき、掲示板では様々な憶測や議論が飛び交っていた。
自分が知らない詳細を調べてる人もいた。
分かっているだけで、15人が死亡。
生きているのは誰?という問いかけには誰も応えなかった。
自分も応えなかった。
応えないと疑われる、とは分かっていた。
しかし、応えた途端に何かが起こるような気がした。

連絡の付かないメンバーの捜索が本格的に行われた。
自分あの幹事役に無事を伝えておいた。
その結果、更に6人の死亡が確認されたそうだ。
あと5人

例のくじの当選発表はあと4日だった。

「Aさんから連絡有り。存命」
「Bさんから連絡有り。存命」
そんな報告が掲示板に乗るようになった。

恐ろしさのあまり職場も放棄して遠くに逃げ出した。
電車で地方まで行き、そこで掲示板を確認してみた。
「Cさんから今日は連絡無し」
自分はCだった。
あと4人。と誰かが言った。

次の日にはあと3人と。

実際には自分を入れて4人が生きている。
自分以外の3人は誰なのか全く分からない。
しかし、いつ自分の前に現れるか恐ろしかった。
そしておびえながら数日過ごし、当選発表の日を過ぎた。

結果は、「1等当選無し」だった。

掲示板に落胆のメッセージが次々書き込まれるなか、更に1人の死亡報告があった。
自殺だったという。
それはあの幹事役の彼だった。
出資者であることは知らなかった。

その後はサークルと縁を切り、会社では職場放棄で怒られたが無事にいつもの生活に戻れた。
それでも時々、いつかあの幹事がやってくるのではないかとおびえている。
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2005年02月04日

3年越しのメッセージ

ある晩帰宅したら、自宅の電話機がおかしなことになっていた。
留守電にメッセージが残されたことを示す赤いランプが点滅している。
それが、いつもの規則正しい点滅ではなく、不規則な明滅を繰り返している。
不規則というか、リズムを刻んでいるようだった。
トントン   トントン   トントン   と。

試しにメッセージを再生してみた。
いつもなら「メッセージは○件です」と言う音声が最初に流れるのだが、その日は違った。
ピーと発信音がして、聞き取れない小さな声が聞こえて、切れた。
「午前11時3分です」電話機が音声を発した。

この手の無言に近いメッセージは珍しくもない。
何かの勧誘電話だったんだろう。
続けてまた同じような無言のメッセージ。
最初の音声案内がなかったから、一体何件再生されるのか分からない。
メッセージを再生してる間、赤い灯りはずっとあの点滅を繰り返していた。

そのうち、録音時刻の案内がおかしくなってきた。
時刻が前後している。
さっきは午後6時のメッセージだったのに、今のはまた午前11時まで戻っている。

どうやら録音テープに残ってた古いメッセージまで再生しているようだ。
いよいよ電話機の故障らしい。
8年くらい使ってたから、壊れてもおかしくない。

突然、はっきり聞き取れる声が流れてきた。
電話機の合成音声ではなく、本物の女性の声だった。
女性は電話口でしきりと謝っている。

思い出した。この声。
3年前に別れた彼女だった。
心臓が弱くて病弱な子で、そのせいかわがままな子だった。
ある日電話で口論して、一方的に電話を切ってそのまま外出したんだった。
携帯にかけられないよう、電源も切って。

帰宅したら留守電が残っていた。
その子からだと分かった瞬間、再生を止めてそれっきりだった。
それからお互い連絡を取ることもなく、喧嘩から自然消滅した形だった。
あのとき最後まで聞かなかった留守電のメッセージが、3年たった今頃流れてきた。

聞くに堪えないのですぐ止めようとした。
が、止まらない。
停止ボタンを押してもメッセージの再生が止まらない。

電話の向こうの声は3年前の声なのだが、謝りながら泣く声は耐えられない。
そのうち、泣き声とともに妙な音も聞こえてきた。
とっくん   とっくん  
心臓の音に聞こえた。
はじめはかすかな音に気が付いたのだが、だんだん大きくなっていた。
とんとん   とんとん  
電話機の赤いランプとシンクロしていた。

もしかして、一番最初から、この音は小さくなっていたのだろうか。

コンセントを引っこ抜いた。
それでも、音とランプは消えなかった。
電話機を床に叩きつけたら、ようやく鳴りやんだ。

メッセージに込められた何かが、たまたま再生されてしまったときに息を吹き返したのか。
そんなメッセージが残っていたから電話機がおかしくなったのか。
なんで今頃こんなことになったのか。
彼女とは3年連絡を取っていない。
今どうしてるのか、知る術もない。
posted by 黒鳥 at 02:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 031〜040 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月25日

占有席

学生の頃、駅前のファーストフードで試験勉強をしに行った。
夜の空いてる時間帯に。
そこは友達がバイトしている店で、夜は静かだから勉強しやすいと聞いていた。

2階の客席で空いてる席を探す。
離れたところに勉強してる人が4人。
それぞれ音楽を聴きながら勉強してたり、時々携帯をチェックしながら勉強していたり。

その中に一人、ずっと顔も上げず集中してる女の人がいた。
横顔がちょっとキレイだったので、なんとなくちらちらと目が行ってしまう。
けれど、何度見てもその人は下を向いて一心に何か書いてるだけだった。

トイレに立って戻るとき、妙なことに気が付いた。
その店は、椅子の席やソファタイプの席などがある。
例の女性はソファの席で、後ろは壁になっていた。
さらに席の隣には、取り囲むようにテーブルが置いてあった。
席を立って移動するには、テーブルを乗り越えるか、どかさないといけない。

よっぽど神経質で、自分のエリアを作ってしまいたかったんだろうか。
ちょっと引いた。

次の夜もその店に勉強しに行った。
やっぱり静かで勉強ははかどるのだが、あの女性がまた同じように席を作っていたのが気になった。
前の晩もそうだったが、その日も深夜にぼくが帰宅とき、彼女はまだ勉強を続けていた。


さらに次の日の昼、他の友人とその店に行くことなった。
これで3日連続だと笑っていた。

夜とは違ってにぎやかな店内だったが、ある一角だけ空いている。
例の女性が座っていたところ。
夜と同じように、その座席はテーブルで閉ざされていた。
女性はいなかったけど。
周りの席にも人はいなかった。
ぼくらもなんとなくもっと混んでる方で食事した。

食べ終わってからしばらくおしゃべりして帰るとき、バイトの友人が出勤してきた。
挨拶のついでに2階の座席について聞いてみた。

「あれね。なんでだろ。あのままにしておけって先輩に言われてるし」
との答えだった。
「ず〜っと掃除もしてないから、ほこりがたまってて汚いんだけどね」
とも言われた。

慌ててもう一度2階の座席を見に行った。
テーブルにも座席にも、うっすらとほこりが溜まっていた。
指でなぞると白くほこりが付いた。
そして、テーブルには細かく何か文字が書いてあるのに気が付いた。

ざっと2〜3行読んだだけだが、乱れた文字で人生のつまらなさを書いてあるようだった。
そして「死にたい」と言う文字を見つけたとき、それ以上読むのをやめた。

知らなくていいことを知ってしまった気がした。
次に店に行って、あの女性がいたら、目が合ってしまうような気がした。
だから、その日から夜の勉強はやめた。
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2005年01月16日

オービスに写ったもの

警察から連絡はがきが来ていた。
「自動速度取り締まり装置にて撮影された写真について」とか書かれていた。
要はオービスに引っかかったから出頭してこいって事。

身に覚えがあった。
夜中に宮城の街道を走っているとき、フラッシュが光った気がする。
一緒にいた友人も気が付いた。
観念して素直に出頭することにした。

警察署では、せまい取調室に通された。
窓には鉄格子があり、犯罪者向けの部屋だと実感できる。
オービスで撮られた写真を見せられ、日時やら速度やらいちいち確認された。
意外なほどくっきり写るものだと驚いた。
「急ぐ用事があったんですか?」
屈強な警察官が訪ねた。

その時は用事を終えて帰るところだった。
だから急ぐ必要はなかったのだが。
実は、ある有名な心霊スポットを見に行った帰りのことだった。
現地では特に変わったことはなかったのだが、その後ずっと二人とも寒気を感じ、車内でも寒い寒いと話していた覚えがある。
エアコンも急に使えなくなっていた。
なんとなく嫌な雰囲気を感じて、帰り道を急いでいたのだ。

そんな事情を話しても仕方ない。
「いえ、別に用事はなかったけど・・」
そんなあいまいな答えをするしかなかった。

「一緒乗ってる人の名前は?」
そんなことまで調書に書くとは知らなかった。
素直に友人の名前を答えた。
「もうひとりは?」

そんなのいない、いやもうひとり、と話が食い違い、もう一度写真を見せられた。
もうひとり、いた。
後部座席の真ん中に、顔ははっきり見えないが確かに人がいた。
運転席の自分と助手席の友人の顔ははっきり見えるのに、後ろの人影はそのまま影のようにぼんやりと暗かった。
だけど、人に見える。
それも、女子学生の制服を着ているように見えた。

「もしかして、君たち松島に行ってた?」
警官に聞かれた。
オービスに撮られる前に行ってた心霊スポットは、松島にある。
「やっぱりね。おもしろ半分でそう言うところに行かない方がいいよ」

その後、同乗者の名前は勝手に書かれて調書が作成された。
「何も書かないわけには行かないからね」
警官はそう言っていた。
帰り際に忠告された。
「早いうちに、お詫びしに行った方がいいよ」
前にもこういうことがあったんだと思った。

帰宅してからネットでそのスポットについて調べてみた。
 冷やかしで行ってはいけない。
 隣接する駐車場に車を停めてはいけない。
 現場でタバコを吸ってはいけない。
 車で訪れると、故障が多発するケースが多い。
全部当てはまった。

対処も書いてあった。
 線香をあげてごめんなさいと唱えてくること。
その通りにした。
効果はすぐに現れた。
当日から動かないままだったエアコンが使えるようになっていた。

それから時々、不意に車内が線香臭くなることがある。
今でもあの現場と車内がつながっているようで気味が悪い。
時々誰かがあそこに線香を供えているだろうし。
posted by 黒鳥 at 14:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 031〜040 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月07日

しょうぼうしさんになります

幼稚園児の頃、高熱を出して入院したことがある。
しかもその病院が火事になって、火傷を負った。
今でも右手の平にはその火傷の跡が残っている。

同じ病室の人はみんな先に逃げてしまって、自分はどうしたらいいか分からず呆然としていた。
廊下に火の灯りが見えて、もう死ぬんだと思ってしまった。
気が付いたら、消防士さんに抱きかかえられていた。
「大丈夫だから」
そんな風に言われた気がする。

なんでそんなことをしたのか、全然覚えてない。
火がくすぶってる階段を抱かれたまま通るとき、手を伸ばして階段の手すりを掴んだ。
鉄の手すりは火であぶられていて、あっという間に手が焼けた。
「何やってるんだ!」
消防士さんに怒鳴られた。

怒られたけど、その日から自分にとって消防士はあこがれの存在になった。
大人になったら自分も消防士になりたいと思った。
助けてくれた消防士さんの名前は分からなかったけど、近くの消防署にお礼の手紙を書いて送った。


そして、大人になって、本物の消防士になれた。

消防士になって3年目のこと。
あの病院がまた火事になった。

現場に着いたとき、自分も人命検索にあたった。
病室に取り残された人がいないか探して回るうち、男の子を見つけた。
どこも怪我はなさそうだった。
「大丈夫だから。すぐ外へ出られるから」
抱きかかえて、避難を始めた。

途中で火をかき分けながら階段を下りるとき、急に何か思い出した。
振り返ると、子供が手すりに手を伸ばしていた。
「何やってるんだ!」
慌てて子供を引きはがした。

外へ出たところで、子供が親を見つけた。
「お母さん!」叫びながら走っていった。
自分もまた、燃えている建物へ戻った。


それから何日か経ったあと、出張所へ手紙が届いた。
あの病院火災で救助された子供からだという。
妙に黄ばんだ封筒だった。
「○○出張所の消防士さんへ」と書かれたその手紙には、
おおきくなったらしょうぼうしさんになります ひまわりぐみ ささきしんや」と書いてあった。
自分と同じ名前だった。

ふと気が付くと、手の平の火傷の跡は消えていた。
posted by 黒鳥 at 05:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 031〜040 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年01月05日

クローゼットのお札

引っ越し先は、新築のアパートだった。
入居可能日は平日だったが、仕事が終わった夜から早速荷物を運び込んだ。
暗い中で室内灯を取り付け、灯りをつけた。
汚れ一つ無い壁や床で嬉しかった。
持ってきた荷物をどんどん運び込み、クローゼットにも収納しようとした。

収納ボックスを置いたときに側面の壁が目に入った。
紙が貼ってある。
30cmほどの、細長い短冊のような紙。
不思議な模様が描かれている。
どう見てもお札としか思えなかった。

旅行先の安ホテルとか、いわく付きの格安物件じゃあるまいし。
むしろ家賃の高い新築物件で、こんなお札が必要な覚えはない。
下見に来たときは、こんなお札は貼ってなかった。

もしかして、工事の人のゲン担ぎで貼ってあるだけで、どの部屋にも必ず貼ってあるのかも知れない。
そう思い直して、気にしないことにした。
だけどはがすのも気が引けるので、収納ボックスを積んで見えないようにした。

引っ越し後に新居で寝る最初の夜は、お札のことを思い出して少し緊張したが、何事もなかった。
その後もずっと何事もなく、すっかりお札のことは忘れていた。
とても具合のいい部屋で、トイレもお風呂も何もかも満足していた。
ただ、どこから侵入してくるのか、夜に帰宅すると部屋の床に砂がこぼれていることがあった。

ある日、仕事でトラブルがあって徹夜で作業する羽目になった。
翌朝に引き継ぎをして、帰らせてもらった。
家に着いたのは昼の11時くらいで、それからすぐに寝ることした。

そう言えば昼間の新居は初めてだった。
日当たりがいいのも嬉しいことだが、これから寝るというときにはちょっと煩わしい。

カーテン越しの暖かい日差しの中、横になっていると眠気のせいか頭がぐらぐら回る気がした。
そうして半分寝ているような気分の中で、人の気配を感じた。

夢かも知れないが、気配は次第にはっきりしてきた。
ぺたぺたとフローリングを裸足で歩く音が聞こえた。
床に直接布団を敷いて寝てるので、耳元ではっきり聞こえた。

足音は布団の周りをぐるぐる回り始め、だんだん早足になってきた。
それも、いつの間にか二人分の足音になっていた。

布団を真ん中にして、追いかけっこをしてるようだった。
たまに布団を飛び越えてるような大きな音も聞こえた。
振動まで伝わってきた。
布団の端を踏んづける感触もあった。

不思議と怖くはなかった。
だけど、目を開けて確認はしなかった。
夢うつつで心地よかったせいだ。

そのうち、ふと足音が止まった。
これ、邪魔だよね
はっきり声が聞こえた。
子供の声だ。
捨てちゃおうか
別の場所からも声が聞こえた。

そして、布団が足のほうから持ち上げられる感触が伝わってきた。
途端にものすごい恐怖に襲われ、慌てて起きあがった。
あたりには誰もいなかった。
だけど、足下の布団にはくっきりと2箇所のくぼみがあった。
誰かがそこを掴んだように。

それからお札の存在を思い出し、クローゼットを開けた。
隠してあった収納ボックスをどけて、お札が見えるようにした。

その日以来、いつもクローゼットの扉は開けておくようにした。
それからは不思議な物音を聞いたことはない。
床に砂が落ちていることもなくなった。

お札を貼ったのは、やはり工事の人かも知れない。
昼に工事してるとき、何か見たのかも知れない。
今となっては聞くこともできない。

お札を剥がしたら、また誰かが部屋にやってくるのだろうか。
試してみたい気もする。
だけど、もしもあのときあのまま寝ていたらどうなっていたのか。
そこまで試す気にはなれない。
posted by 黒鳥 at 20:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 031〜040 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2004年12月22日

自宅からの無言電話

朝から雪が降り続ける中、いつも通り車で出勤した。
会社の営業車で事務所に出て、そのまますぐに外回りというのが日常。
雪道の運転にもすっかり慣れている。

そんな営業中に携帯が鳴った。
妻がいる自宅からの着信だ。
「どうした?」
出てみたが、何も聞こえない。

「もしもし?」
呼びかけても反応がない。
遠くでTVCMの曲が聞こえてくる。
通じてないわけじゃなさそうだ。

突然、赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
生後3ヶ月の息子だ。
泣きっぱなしで、あやされてる様子がない。
妻は何をしてるんだ?
いないのか?
でも、電話してきたんだからそばにいるはずなんだが。

偶然、今いるところから自宅までは近い。
様子を見に戻ることにした。
いったん電話を切り、すぐに車を出した。

家に着くまでの間、妻の携帯にも電話をかけたが出なかった。
不安といらだちを感じながらようやく自宅に着き、2階まで階段を駆け上って部屋に飛び込んだ。
テレビが付けっぱなしだった。
妻の姿はなく、ベビーベッドで息子がすやすや眠っていた。

ふと、部屋の中が妙に寒いことに気が付いた。
ストーブがついているのに。
理由はすぐ分かった。
ベランダへの窓が開けっ放しだからだ。

嫌な予感がして、ベランダへ出てみた。
洗濯物が入ったままのカゴが置いてある。
下を覗き込むと、いた。
妻が雪の中に倒れていた。

結局、妻は救急車で運ばれる羽目になったが、命に別状はなかった。
洗濯物を干してる最中にシャツを落としてしまい、それが中庭の木に引っかかったのでホウキで取ろうとしたらしい。
で、そのままバランスを崩して落ちたんだそうだ。
中庭に50cmくらい雪が積もっていたが、それでも2階から落ちたショックで気を失っていたらしい。
意識がないまま雪が降り積もり、発見が遅れていたら転落の怪我よりも寒さで危ない状態だったそうだ。
現に顔や指には軽い凍傷を負ってしまった。

凍傷はキレイに治り跡も残らなかった。
今では笑い話として人に言えるネタになっている。
だけど、妻を発見したいきさつはあいまいにごまかして話している。

あのとき、誰が携帯を鳴らしたのか。

去年亡くなった祖母が助けてくれたのかも知れないし、子供の頃に妻が飼っていた犬かも知れない。
自分は、息子が電話をかけて呼んだのだと思っている。
息子がしゃべれるようになったら聞いてみるつもりだ。
posted by 黒鳥 at 02:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 031〜040 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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