2004年07月19日

自分の火葬

僕には父親がいなかった。
物心つく前に両親が離婚していたから。
ずっと母親に育てられて、それが当たり前として育った。
だから父親がいなくても、何か足りないような感覚は全くなかった。

小学生の頃、ある遠足の日の朝だった。
母親が神妙な顔で、父親が亡くなったと言った。
今日火葬だから行って来いと。そして、通夜と葬式。
うちの地方はそんな順番だった。

父親なんて知らなかったわけで、そんな人が亡くなったと聞いても悲しくも何ともなかった。
遠足にいけないことが腹立たしいだけだった。

何年も会ってないし当然顔も知らない。
そんな人の火葬の場にに出席して、息子と言うだけで最前列で見守る羽目になった。
祖父母が泣いているが、僕は居心地悪いまま立ちつくしていた。

棺桶の窓を開けて皆が最後のお別れをしている。
僕は知らない人の死に顔は見たくないので行かなかった。
そして、顔も知らない父親が火葬の機械に入れられた。

祖父母は声を出して泣き崩れていた。
そのすぐそばで平然と立っている僕は、周りの親戚縁者からどういう風に見られているんだろう。
そんなことをぼうっと考えているとき、目の前にいるおじさんが目に入った。

いつからそこにいたか知らないけど、こんなそばにいるってことはよほど近い縁者なんだろう。
だけど、その人もじっと祖父母を見つめていただけで、泣いたりはしてなかった。

やがて火葬が終わり、骨壺に入れる作業が始まった。
祖母はまだ泣きながら箸で骨を拾っていた。
ぼくにも箸が渡され、嫌だったけどしょうがなく拾った。
さっきのおじさんはやらなかった。
やっぱり生前のつきあいが少なかった人なんだろうと思っていた。

次の日も僕は学校を休んでお通夜に出た。
やはり僕は最前列に座らされた。
その隣には祖父母。母親はずっと後ろ。

お経が読まれている間、こっそり昨日のおじさんを探したけど、見つからなかった。
遠くから駆けつけてすぐ帰ってしまったのだろうか。
だけど、僕は違う考えを思いついてしまった。
気のせいだと思ったが、どうしても間違いないように思えてきた。

お通夜の後、隣の祖父に聞いてみた。
「お父さんって、兄弟はいるの?」
「姉がいるけど男兄弟はいない」という答えだった。

間違いない。と思うしかなかった。
火葬の席でそばにいたおじさんは、今目の前にある遺影と同一人物だった

この話を人にしたとき、その人の感想は「やっぱり息子が気がかりだったのかな」ということだった。
けど、多分父親は僕のことなんて気にしてなかったと思う。
ずっと祖父母のことを見ていた。
親より先に死んでしまったことを悔いていたんだろうと思う。
posted by 黒鳥 at 02:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 001〜010 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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